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副院長のささやき01「福岡と脳神経内科と私」

こんにちは、副院長の小野澤です!

私は実家のクリニック等でも勤務しているため、毎日PRS CLINICには出勤していませんが、PRS CLINICで診療やレーザー治療を担当しています。

来院して頂いた方とは、あまりお会いする機会がなく、このままではレアキャラ状態になってしまうので、まずは自己紹介させて頂きます!

父は開業医で、幼少期から父を見て育ちました。現在のように専門分野に紹介する時代でもなく、近くに大きな病院もなかったので、Dr.コトーのように何でも自分で治す医者でした。私も何度か死にかけた時、父が医者だったので、命拾いしたことがあります。(と、思い出のようになりましたが、父は現在も現役で診療しています!)

高校卒業後、福岡大学医学部へ進学しました。福岡は母の地元で、大好きな祖父母もいて毎年のように遊びに行ってました。そのため、福岡大学に合格した時は、運命を感じました。

祖父母にはとても可愛がってもらいましたが、

祖父は私が医学部進学前に他界、

祖母はアルツハイマー型認知症を患い、私が研修医の頃に他界しました。

祖母の認知症発症は私が中学生の頃で、祖母宅に近い医学部に合格しましたが、そんな事すらあまり理解できていない状態でした。

祖母の認知症は我が家にとって大きな問題で、

近くで介護する家族の大変さを目の当たりにしました。

特に祖母が発症した30年ほど前は、今のように認知症に対する対応が知れ渡っておらず、祖父は祖母の間違いや物忘れに対して日々怒る毎日だったようです。

確かに、認知症になり始めた頃は認知機能が良い日と悪い日とあり、怒られた後は本人も気を張るので、「ちゃんとやればできる」と相手からは見えてしまうのです。

当時は介護サービスも普及しておらず、そんな祖父母を見かねて、一旦祖母を我が家に引き取ったのですが、今度は祖母と母の関係が悪くなりました。

認知症専門医になった今考えると、

怒るのも、環境変えるのも、全て本人の症状を悪化させてるだけなんですよね。

こんな苦い経験をした私でしたが、医学部生の頃に福岡大学神経内科(現 脳神経内科)の当時の教授と出会いました。その教授は認知症治療に力を入れていたので、

脳神経内科の道に進むことにしました。

脳神経内科の分野は、完治にはいたらない疾患が多いですが、病気を持ちながらも元気に生活するためにはどうしたらよいのか、日々考えています。

PRS CLINIC は形成外科・美容外科ですが、

内科医の私も院長と同様に

抗加齢医学会専門医を

取得しています。

私は内科医の観点から皆様にお役にたつ情報を発信できればと思います。

PRS CLINICへお気軽にご相談ください。

お電話(054-271-3333)での診察予約も行なっております

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